ログイン僕はイロナとの見合いの席で、自分が優秀だとアピールをする。
魔術関係以外で、初めて欲しいと思った対象だ。
だが、お相手の彼女は、なかなか手厳しい。
「犯罪者になったマールトンからまきあげた魔道具を、フル活用しているだけじゃない」
「いやいや、あの家は代々持っていても活かせなかった。どう使うかも、才能のうちさ」
「図々しいわ」
憎まれ口を叩きながらも、彼女は
今日のお茶請けはチョコレートだ。ポピーシードが乗っていたりサワーチェリーが中に入っていたりする。
甘い物と苦い物の刺激が、代わる代わる舌と鼻を楽しませてくれる。
まるで、君のようだ。
ツンとすました中の優しさと、正直で豊かな表情に、魔術師の頬が緩む。
出会った頃は、親友に毒を盛られ、婚約者に裏切られたショックで仮面のような顔をしていた。
それが少しずつ柔らかさを取り戻していく様は……魔術の素材が変質するのを待っている時間を思い出させた。
彼女は確かに少々口うるさい。だが、それは目端が利いて、いろいろと気がついてしまうからだ。
文句を言われても「ありがとう」と返せば、ほんのり頬を染めて「しっかりなさって」と言う。
そんな些細なことに腹を立てるような、器の小さい人間は彼女の前から消え去ればいい。
何度巻き戻ろうと、思考の癖を変えなければ失敗を繰り返すのだ。
彼の一族ヘーデルヴァーリの血を垂らし、その血の持ち主の寿命を使って時を巻き戻す魔道具。
説明を書いた古文書が読めないと、マールトンは路地裏の小さな魔道具店に泣きついてきた。
巻き戻ったあとに、僕がその知識を利用してうまく立ち回るなんて想像もしなかったのだろうか。
平民の魔術師など、ただ利用するだけの存在だとでも?
浅はかな男だ。
一族の中には、古文書を読める者も時戻りの魔道具に詳しい者もいるだろうに。
怒られたくない、苦労せずにいい人生を送りたい――そんな気持ちで、外部の者に家宝の秘密をぺらぺらとしゃべるのだから。
そんな歴史も家宝もない者にとって、喉から手が出るほど欲しい物。そう考えたこともないのか。
産まれたときから恵まれていた者の傲慢さだな。
人の顔色をうかがわなくても生きていられたせいで、危機感がない。
使われる側にも心があり、考える頭があるのだぞ。
実は、巻き戻りの準備をしているときに、彼の血液を多めに採取している。
巻き戻る直前、収納魔法の空間に、奴の血液を入れた瓶を保存した。
巻き戻ってから空間を調べたら、ちゃんとその瓶が見つかったのだ。そのときの歓喜をどう表現したらいいだろうか。
これで、あの魔道具は僕の物だ!
イロナの協力でヘーデルヴァーリ家が手薄の日を知り、忍び込んで、巻き戻りの魔道具をいただいた。
魔道具の保管庫の入り口も奴の血で解除できたから、スムーズに事を運べた。一度目のときに、マールトンが僕の目の前で、無防備に解錠していたから。
決して、魔道具が欲しいという動機だけで動いたのではない。
時を戻したことが露見した際、魔道具に残る痕跡から僕に辿りついてしまう。あんな男と一蓮托生なんてごめんだ。-
殺人計画が実行された日、カタリン・ヴァッシュの家に騎士を連れて行けた。それは、その前に「予言」をして何件か事件解決を手伝い、信用を得ていたからだ。
前回の記憶を元に、「いつごろ、どんな事件が起きて、犯人は誰か」を知っている。それを活かして、ちょっと助言しただけだけど。
僕の「ちょっと気になる」という話を無視できなくなり、非番の騎士と兵士が一緒に馬車に隠れてくれた。
事件が起こらず、現行犯逮捕もできなかったら、僕が彼らに一杯奢る約束になっていた。
僕は戻ってから一ヶ月の間、そうやって様々な仕込みをして、あの日に備えた。
イロナは会う度に、警戒を緩めていく。懐かない猫が懐いていく過程を見るようで、わくわくした。
次第に僕の顔色が悪いと、野菜たっぷりのパプリカのスープを飲まされるようになる。
「チョコレートの
「では、最近の食生活を述べよ」
「……いただきます」
「スープを食べ終わったら、カーヒーを淹れてあげますわ」
飲み終わったら――ではなく、
普段の食事だと、これだけで一日分の食事量があるのだが。
くつくつと喉から笑いがこみあげる。
世話焼きで、お人好し。
これは利用されて、騙されるタイプだな。いや、すでにマールトンたちに騙された実績があるか。
半分くらいで音を上げると、「胃が小さすぎる」と文句を言いながらも解放してくれた。無理を押しつけるようなことはしないんだ。
デザートは別腹で、チョコトルタは完食しました。
前回、事件の当事者ではないので、「当てつけに自殺」という記事を読んで「強烈な女もいたもんだ」と思った。
だが、巻き戻って本人に訊いたら、力一杯否定する。
浮気女の自白通りに、毒殺だった。
理不尽に憤り、情報を調べるのに一層力を入れた。
巻き戻り前の俺が知っていたのは、新聞やゴシップ誌に載ったこと。
それから、巻き戻り直前にマールトンから聞いた話。これがまた、あやふやで適当で信用ならん。
巻き戻ってから、顔見知りの治安を担当する騎士に訊いたり、学園の魔術担当の教員に魔道具を売り込みに行くついでに情報を探ったりした。
集めた情報をイロナと共有をして、作戦を立てた。
一方で、あの男は、戻ってから何をしていたんだろう。
イロナに話を聞くと、無視していた婚約者に「やあ」と挨拶するようになったくらいだと。
婚約者が、前回はしていた愛想笑いをしなくなっても、不審に思っていないらしい。
虫けらを見るような目になったことも気付いていないと、ため息を吐いていたイロナ。
憂いを帯びた表情も、魅力的だった。
ついに、毒殺を未然に防いで、マールトンに一泡吹かせてやった。
彼女と共闘したのは一ヶ月。とても濃い日々だった。
それが続くことを願ってしまうのは、当然だと思わないか?
マールトン・ヘーデルヴァーリは、愚かな男だった。 宝の持ち腐れって、ああいうのを言うのかな。イロナは輝く宝石のようだ。 家宝の「時戻りの魔道具」だって、僕に活用されて嬉しいだろうさ。 といっても、何回も使えるものじゃない。 マールトンから採った血液も、奴の寿命も有限だ。 魔道具を分解して解析するか、また使いたくなったときのために温存しておくか悩ましいところだ。 あの男が息絶えてしまったら、瓶に保管した血が残っていても魔道具は使えなくなるのだろうか。 それから、あの魔道具が反応する「血縁」というのは直系だけなのか。分家でも反応するとしたらどこまで有効なのか。そういう疑問を気軽に実験できないのが悩ましいな。 古代の魔道具は、わからない部分が多すぎる。「寿命を代償に」というのも古文書に書いてあっただけで、検証する方法などないんだから。 そもそも、僕があの魔道具を所有しているとバレるのも、マズい。 譲渡されたわけじゃない、窃盗犯だからな。 実は、あの魔道具を、資金作りのために一度使ってしまった。 子爵家の彼女に釣り合うために、色々と揃える必要があったんだ。 けれど、もし……もう一度そんな使い方をしたら、僕は坂を転げ落ちるように使いまくるようになるだろう。 そうやって、魔道具の誘惑に負けて自滅する人間を何人も見てきた。 これからは、己の自制心との闘いだ。 それから、前回と同じなら――彼女の家は二年後に銀の鉱山を掘り当てるはず。 確か、お義兄さんが土の中の成分を分析する魔道具を発明するんだ。 彼女を大切にして、彼女の実家とも良好な関係を保ちたい。本当に困ったときに助けてもらえる程度でいいけど。 理想は、僕の魔道具の店が順調で、お金に困らず穏やかな家庭を築けることだけどね。 彼女のご家族に認められるよう、功績を積んで貴族の末席に名を連ねることができた。 そして僕はついに、彼女に求愛することを許された。 事前に、爵位をもらえたらチャンスをくれと彼女の父親に打診していたんだけど。だって、その前に他の男と婚約されたら困るだろ。 それからは、全力で口説くのみ。 といっても、情に篤いイロナのことだから、頻繁に顔を合わせていればうなずいてくれるだろうと楽観している。 現に、求婚の返事はもらえていないが、定期的にお茶をするようになった。
僕はイロナとの見合いの席で、自分が優秀だとアピールをする。 魔術関係以外で、初めて欲しいと思った対象だ。 だが、お相手の彼女は、なかなか手厳しい。「犯罪者になったマールトンからまきあげた魔道具を、フル活用しているだけじゃない」「いやいや、あの家は代々持っていても活かせなかった。どう使うかも、才能のうちさ」「図々しいわ」 憎まれ口を叩きながらも、彼女はカーヒーを注いでくれる。 今日のお茶請けはチョコレートだ。ポピーシードが乗っていたりサワーチェリーが中に入っていたりする。 甘い物と苦い物の刺激が、代わる代わる舌と鼻を楽しませてくれる。 まるで、君のようだ。 ツンとすました中の優しさと、正直で豊かな表情に、魔術師の頬が緩む。 出会った頃は、親友に毒を盛られ、婚約者に裏切られたショックで仮面のような顔をしていた。 それが少しずつ柔らかさを取り戻していく様は……魔術の素材が変質するのを待っている時間を思い出させた。 彼女は確かに少々口うるさい。だが、それは目端が利いて、いろいろと気がついてしまうからだ。 文句を言われても「ありがとう」と返せば、ほんのり頬を染めて「しっかりなさって」と言う。 そんな些細なことに腹を立てるような、器の小さい人間は彼女の前から消え去ればいい。 何度巻き戻ろうと、思考の癖を変えなければ失敗を繰り返すのだ。 彼の一族ヘーデルヴァーリの血を垂らし、その血の持ち主の寿命を使って時を巻き戻す魔道具。 説明を書いた古文書が読めないと、マールトンは路地裏の小さな魔道具店に泣きついてきた。 巻き戻ったあとに、僕がその知識を利用してうまく立ち回るなんて想像もしなかったのだろうか。 平民の魔術師など、ただ利用するだけの存在だとでも? 浅はかな男だ。 一族の中には、古文書を読める者も時戻りの魔道具に詳しい者もいるだろうに。 怒られたくない、苦労せずにいい人生を送りたい――そんな気持ちで、外部の者に家宝の秘密をぺらぺらとしゃべるのだから。 そんな歴史も家宝もない者にとって、喉から手が出るほど欲しい物。そう考えたこともないのか。 産まれたときから恵まれていた者の傲慢さだな。 人の顔色をうかがわなくても生きていられたせいで、危機感がない。 使われる側にも心があり、考える頭があるのだぞ。 実は、巻き戻り
魔術師ガーボルは、巻き戻った翌日にわたくしに接触してきた。 そこで、色々と教えてもらったのだ。 わたくしの死がどう扱われたか。マールトンとカタリンの結婚生活とか。 わたくしの両親は、特に変わりなく生活していたようです。仕事があれば、幸せなのでしょう。 ガーボルは、普段は街の小さな魔道具店で、主に魔道具修理を請け負って生活している。 時々、騎士団の依頼で協力したり、便利屋みたいなこともやっている。令状を取るほどの確証はないが、とても怪しい状態の時にこっそり魔術的な鑑定してあげるとか。 そうすると、逆の時に便宜を図ってもらえたりして、比較的自由に暮らしているそうだ。 今回、わたくしもその伝手にずいぶん助けられたわ。 彼と初めて会ったのは、「珍しい魔道具に興味はありませんか」と自宅に突撃してきたときだ。 執事たちも、魔道具関係の客にはあまり警戒しない傾向がある。 魔術師は変わり者が多く、ビジネスチャンスを一度逃すと、再度縁を繋ぐのが難しいのだ。 両親も兄もいない時間にやってきたので、わたくしが応接室で対応した。 色とりどりの花が咲く魔道具や、紅茶を淹れてくれるぬいぐるみなど、実用性があるのかないのか微妙な品ばかり。 この魔術師はハズレだと思ったところで、奇妙なことを耳打ちされた。「マールトン・ヘーデルヴァーリから、イロナ・セーケイを生き返らせる依頼を受けた。 成功したと考えていいかな?」 情報を求めていたわたくしは、飛びついた。「そうね。そう考えていいと思うわ」 事情を知らない者たちには聞かれたくない。 侍女に「魔道具の機構についてお話を聞くので、下がって」と命じる。 よくあることなので、侍女は壁際まで下がり、耳栓をした。 まずは、お互いの認識をすり合わせる。 わたくしはカタリンに毒殺された。だが、一般には自殺と思われている。 マールトンはわたくしの死後にカタリンと結婚したが、彼女の不貞を知り、人生をやり直したいと考え、時間を巻き戻した。「カタリンと離婚して、再婚すればいいと思うのだけど。マールトンはまだ二十代だったのでしょう?」「さあ? そこはどう考えていたのか深く聞いていない。 僕としては、古代の魔道具を使わせてもらえるなら、なんだっていいんだ」 本当にマールトンに興味がないのだろう。「それでは、なぜわたくし
実家に見捨てられたマールトンから、イロナに手紙が届いた。 わたくしが殺される原因を作り、二度目の今回も未然に防止できなかったくせに。「君のために時間を巻き戻したのだから、私の罪ではないはずだ」と書いてありますね。禁術を許すかどうかは、裁判所が判断するでしょう。わたくしの知ったことではないわ。「情状酌量の余地があると訴え出てくれ」ですって? 余地……あるのかしら? 罪を犯してしまったのも仕方ないと思える事情、ということよね。一つも思いつきませんわ。 あまりにも自分勝手な手紙に腹が立ち、ぐしゃりを握りつぶした。 そもそも、婚約者であるわたくしを虚仮にして、浮気をしたことを反省して謝罪するべきでは? そのようなことは一言も書いていなかった。 一度目のわたくしなら、「わたくしだけが頼りなのね」と喜んで訴え出たかもしれない。そう考えると、わたくしも愚か者だったわね。 親に「婚約者と仲良く」「好かれるように自分を磨きなさい」と言われて、素直に実践していた日々。 上手くいかないのは自分に魅力がないせいだと思い、婚約者をどんなときでも優先すればいいのかと考えてしまったのだ。 その結果は、ただ我が儘な男の子を持ち上げて、変な自信を付けさせただけだった。 つい「嫌な男」と思ってしまう自分を叱咤して、彼の機嫌を損ねた自分が悪いと反省したりもした。 いつも冷たくされるから、たまに見せる優しさに感動した。そして「本当は優しい人なんだわ」と、つれなくしてしまう照れ屋な婚約者を脳内で作り上げた。 けれど、そんなわたくしはもういない。 巻き戻ってから、「支配的な彼氏と別れられない女性たち」という本を読んだ。 ――というか、ある人に読めと命じられた。わたくしとマールトンの関係性を見直せと。 それが、その人がわたくしの反撃を手伝う条件だった。 そうして、やっと、マールトンがやっていることは、精神的に支配してコントロールしようとするやり口だと知った。 あのまま結婚していたら、奴隷のような生活が待っていたんだわ。 あの本を読んだ今だからわかる。 わたくしたちは、ある意味似ていた。 彼の家は歴史を重んじるあまりに、彼を一人の人間だと思っていなかった。ただ、伝統を繋いでいく歯車の一つ。 わたくしの両親は事業を拡大するのに忙しく、子どもたちは乳母
マールトンのヘーデルヴァーリ家が家宅捜索された。 そうしたら、彼が共犯らしいという証拠が出てきた。 イロナの「親友」が持っていた毒の材料が、「婚約者」の部屋から発見されたのだ。「親友」は、投獄されてすぐに「妊娠しているので牢から出せ」と主張したらしい。 もちろん、お相手は「婚約者」とのこと。 つまり、イロナの存在が邪魔になる。 それは、殺人計画の動機として充分なものと考えられた。「婚約者」は無実だと主張したが、それを信じる者はいなかった。 動機と証拠が揃ってしまったのだから。 だが、もし無実だったとしても、時を巻き戻した以上、禁術を行使したという点に関しては有罪だ。 時を巻き戻した魔道具が見つからなかったため、あるのはマールトンの自白だけ。 それなのに両親から自白を翻すように勧められても、「イロナへの愛の証明だ」と言って証言を変えない。「お前、あれだけ邪険に扱っておいて、何を言っているんだ? 我が家を潰す気なのか?」 彼の父は、イロナの父親であるセーケイ子爵から何度も抗議を受けていた。その度に言い訳して詫びなければならい。その後で、息子に反省を促していた。「我が家は魔道具で名を馳せた歴史ある家門だ。だが、財政が厳しい。量産型の魔道具を作るセーケイ家と手を組んで、今の時代に合う形に変わっていく必要があるんだ」と説明した。 それでも、マールトンはセーケイ家を見下し、イロナを口うるさいとうっとうしがった。 男爵家と手を組んで、資金援助だけしてもらっても将来の展望は開けない。しかも、数多の令息にちやほやされて喜んでいる娘など、家門に入れたくない。 言えば言うほど意固地になるマールトンに頭を抱え、何度も匙を投げたい気分になった。 だから、息子が何のつもりで今さら「愛」などと宣っているのか、全く理解できなかった。「浮気相手と子どもまで作っておいて、婚約者への愛ですって? 妄言も大概になさい。 潔癖症のイロナちゃんが、受け入れるわけないでしょう」 母は、同じ女性として許せないようだ。「それに、彼女は一人で毒殺を回避して、事件を未然に防いでしまったわ。本当に巻き戻ったのなら、なぜあなたが解決しなかったの?」 母にそう言われたら、ぐうの音も出ない。 マールトンはいつものように、ふてくされて黙って
目の前にカーヒーが置かれた。 湯気が立ちのぼり、本来なら優雅なひと時を演出するはずだった。 馴染みのメイドが、卵白を泡立てて甘くしたメランジェを、わたくしのカーヒーにだけ乗せる。 いつもなら、親友のカタリンにもたっぷりと乗せるのに。 ここはカタリンの屋敷だ。 貴族学園の帰りに、どちらかの家に寄るのはよくあること。 だが、わたくしは手を伸ばさない。 焦れた「親友」が、飲まないのかと急かしてきた。「どうして飲まないの? ほら、メランジェが溶けてしまうわ」「どうして、そんなに飲ませたいの?」「喉が渇いたろうと思って」「それはあなたも同じでしょう?」 前回は、疑いもしないで飲んでしまった。 それを思い出しただけで、口の中が酸っぱくなる気がする。「……そうね、飲むわ」 そう言いながら、彼女はわたくしの顔をじっと見ている。 彼女は一口飲んで見せた。「ほら、なんともないでしょう」「変な言い草ね。なんだか怪しいわ」 カーヒーは同じモカポットから注いでいたから、きっとメランジェに毒が仕込まれているのね。「し、失礼ね!」「それなら、わたくしのカップからも一口飲んでくださる? 無理してブラックを飲むことないわよ」 わたくしの前に置かれたカップをソーサーごと持ち上げて、彼女の目の前に突きつける。「ど、どうして……」「さぁ? あなたの協力者が寝返ったのかもね」 親友がメイドを睨みつける。 ――そう、その女が共犯者なのね。 貴族学園で出会って、仲良くしてきた三年間。何度、あなたとそのメイドに、わたくしは笑われていたのでしょう。 婚約者を寝取られた間抜けな女?「誤解よ。あなたの話を訊かれたから答えただけ」という言葉を信じた、愚か者? もう、たわいない話で笑い合った、あの日々は二度と来ないのね。 受け取ってもらえなかったカップをテーブルに戻す。ささやかな未練が手元に伝わったのか、ガチャと無作法な音を立てた。 カタリンは失敗を悟ったようで、青ざめている。 詫びの言葉も言い訳も聞くことができなかった。「残念だわ」 誰に言うともなく、つぶやく。 そして、わたくしは胸元から笛を取り出し、ピィーと吹いた。 馬車に隠れていた騎士と魔術師、御者のふりをしていた警備兵が応接室に駆けつけてくれる。 止めようとする使用人